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楽聖ベートーヴェン界隈

日本では名前の前に「楽聖」と付けられる

ベートーヴェン(1770~1827)。

第九、エリーゼのために、月光・・・

没後200年近くになりますが、

残された曲が忘れ去られることはありません。


ベートーヴェンの日本語表記についてです。


音楽の教科書を見ると

小学校では「ベートーベン」、

中学校では「ベートーヴェン」と

表記していました。


いろいろなところでこの2つの表記を見ます。

本来の綴りが ”Beethoven“ なので

「ベートーヴェン」と表記することの方が多いようです。


表記についての話から離れますが、

発音は「ベートホーフェンが近い」と聞いたことがあります。


ベートーベンとチェルニーの教則本

ベートーヴェンのお弟子さんの一人に

カール・チェルニー(1791~1857)がいます。

この人は、そう、ピアノ学習者の多くがお世話になる

「チェルニー30番練習曲」

「チェルニー40番練習曲」

「チェルニー50番練習曲」を作った人です。

(出版社によっては、「ツェルニー」と表記しています。)


チェルニーは、

ピアノの魔術師フランツ・リストの先生でもあります。


ピアノ界隈では、本当に大きな功績を残した人です。


しかし、近年、ピアノだけでなく、

交響曲など音楽のいろいろな分野で

再評価・再発見が進んでいるそうです。

それは、彼が1000を超える作品を遺していて、

作品が多すぎたため整理がつかず、

ようやく研究が追いついたことが一因のようです。


チェルニーの名がピアノ界隈から離れ、

クラシック音楽界隈で一層価値を増してくるかもしれません。


クリムトの絵とマックス・クリンガーの作品

金箔を多用した絵で知られる

グスタフ・クリムト(1862~1918)の作品に

「ベートーヴェン・フリーズ」があります。

30m以上もある壁画で、

1902年に開催された展覧会で展示されました。

発表当時、問題作になったようです。


同じ展覧会に、マックス・クリンガー(1857~1920)が

「ベートーヴェン像」を公開しています。

台座を含めた高さが3m以上あり、

大理石やブロンズを用いているので相当な重量があります。

この作品は音楽を題材とした美術作品の傑作に

数えられることがあるようです。


クリムトの作品はウィーンに、

クリンガーの作品はライプツィヒにあります。

実際に見てみたい作品です。


ベートーヴェンとロマン・ロランの本

ベートーヴェンに関する著書はたくさんあります。

中でも名著として知られている作品の一つに

ロマン・ロラン(1866~1944)の

「ベートーヴェンの生涯」(1903年)があります。

日本語訳で読むことができます。


この作品、頁数は多くはないですが、

ベートーヴェンの楽曲や

彼を取り巻く多くの人々が出てきますので、

ベートーヴェンに関する知識があると

理解がいっそう深まるように思います。


ロマン・ロランはこの作品発表後、

ベートーヴェンをモデルにしたと言われる「ジャン・クリストフ」(全10巻)を

1904年から1912年にかけて発表して、

1915年にノーベル文学賞を受賞しています。


宮沢賢治の写真とベートーヴェンの交響曲第6番(リストの編曲)

岩手県生まれの宮沢賢治(1896~1933)は、

詩人・童話作家として多数の作品を遺しています。

また、音楽好きであったことも知られています。

以前訪れた「宮沢賢治記念館」には

セロ(チェロ)やクラシックのレコードが

展示されていました。


「セロ弾きのゴーシュ」の冒頭、

第六交響曲の練習でゴーシュが楽長にどなられる場面があります。

この第六交響曲、物語の中では説明がありませんが、

ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」ではないかと

言われています。


大正15年頃、「野に立つ賢治」と呼ばれる写真が撮られています。

ベートーヴェンの姿を真似たとも伝えられているそうです。


宮沢賢治のクラシック愛、ベートーヴェン愛は

かなりのものだったのでしょうね。

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