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「ピアノの詩人」ショパン界隈

  • 20 時間前
  • 読了時間: 7分

少し長いお話ですが、ショパンの誕生日に寄せて、じっくり綴ってみました。



ショパンと日本の天才の邂逅(かいこう)

ピアノの詩人、ショパンの誕生日が近づいてきました。


ショパンが生まれたのは1810年3月1日だそうですが、

2月22日説や1809年説もあるそうです。

1810年生まれであれば、

2026年の今年、215回目の誕生日を迎えます。


そして、亡くなったのは1849年。享年39。

亡くなる年に撮られた写真が残されています。


同じく1849年(嘉永2年)。

遠く離れた江戸の地でも一人の天才が旅立っていました。

葛飾北斎、享年90。



ショパンの写真と北斎の神奈川沖浪裏

全く違う世界に生きた西と東の天才二人。

でも、私はどこか似ているところがあるように感じています。


例えば、北斎の代表作『神奈川沖浪裏』。

あの荒々しく、今にも飲み込まれそうな波の描写を見ていると、

私はついショパンの『革命のエチュード』を思い出してしまいます。

激しく、休むことなくうねり続ける左手のパッセージ。

北斎が波のしぶきに込めた凄まじいエネルギーと、

ショパンが鍵盤に叩きつけた情熱。


偶然にも同じ年にこの世を去った二人。

そこには、時空を超えた不思議な邂逅(めぐりあい)が

あったのではないか……。

そんな想像をしながら、ショパンの譜面をめくることがあります。



遠くに感じたあの絵が今は近くに思えて ― ドラクロワの『ショパン像』

ショパンと深い親交のあった人々の中に、

ウジェーヌ・ドラクロワがいます。

パリのルーヴル美術館にあるあの有名な『民衆を導く自由の女神』を描いた

フランス・ロマン主義を代表する大画家です。


ドラクロワはショパンの肖像画を描いていて、

これもルーヴル美術館に所蔵されています。


民衆を導く自由の女神と平野啓一郎著「葬送」

幼い頃、そのショパンの姿を眺めていると、

不思議な感覚にとらわれていました。 

よく耳にした『 夜想曲(ノクターン)第2番』の甘美な調べや、

『小犬のワルツ』の軽やかな足取りから想像する人物像とは、

あまりにかけ離れているように見えたからです。

ですが、ショパンの曲を弾き、聴き、

そして彼の苦悩に満ちた人生を深く知れば知るほど、

このドラクロワの描くショパン像こそが

「真の姿」ではないか……と納得するようになりました。


鋭い眼光、固く結ばれた口元。

そこに描かれているのは、美しい旋律の裏側に隠された、深い魂の叫び。


今の私は、この肖像画を見ると、ピアノソナタ第2番 変ロ短調――

あの『葬送』の調べが無性に聴きたくなってしまいます。



黒鍵に長い指を置いて― ショパンが伝えたかったこと

ショパンの左手から型を取り、石膏像にしたものがあります。

ショパンの死後、友人の彫刻家クレサンジュが作ったものです。

彼が、その「手」を残そうとしたのは、

そこにショパンの魂が宿っていると確信していたからかもしれません。


その石膏像をオリジナルとして作った「ショパンの左手」の陶器を

ポーランドのジェラゾヴァ・ヴォラ村にある

ショパン生家近くの土産物店で購入しました。


この手、白色と黒色の2色が販売されていました。

棚には、複数個陳列された白色、一つだけあった黒色。

やはり「残り一つ」には弱く、黒色のものを買ってしまいました。

今になって思うのは、白色も悪くなかったかなぁと。


その土産用の手は実寸大ではないようですが、

実寸大でなくても繊細さを十分に感じさせてくれます。

ショパンの写真や伝記から得られるイメージ通りです。


クレサンジュ作のショパンの左手の石膏像とエルネスト・ヴァン・ド・ヴェルドの「ピアノのテクニック」

そして、男性としては少し細いような指の造形を眺めていると、

ショパンが「指」の個性をいかにピアノ奏法と関連づけていたかに思い至ります。


実は、ショパンは、五指それぞれが長さもつき方も違うことに視点を置き、

お弟子さんたちにピアノを教えていたのです。

短い指は白鍵に、長い指は黒鍵に置くことで

自然で無理のない手のポジションができるというのがショパンの考えです。

また、指はそれぞれ個性が違うのだから

無理に平等にする必要はないとの考えも持っていたので、

「(白鍵ばかり使う)ハ長調は最後に学ぶべき最も難しい音階だ」と

語っていたことも知られています。


このようにショパンはピアノのための曲を作るだけでなく、

ピアノ教育にも大いに関心がありました。

晩年、「ピアノ教則本」の執筆を考えたようですが、

残念ながら草稿のみが残されただけです。

エルネスト・ヴァン・ド・ヴェルドの「ピアノのテクニック」という教本の中に

ショパンの考えが息づいています。


ショパンコンクールを始め

コンクールの必須課題となっている「ショパンの練習曲」のほかに、

ショパンが初心者のための「ピアノ教則本」を残していてくれたなら・・・


土産物の手の繊細な指先を眺めていると、

ショパンが伝えたかった「音」の秘密が、

今もそこにあるような気がしてきます。

やっぱり黒の方で正解だったなと思いながら、

今日も私は鍵盤に向かいます。



楽譜界のエラー切手? ― 本棚で見つけた『稀少本』

ショパンの作った曲には、

コンチェルト、ソナタ、プレリュード、エチュードに

ノクターン、ワルツ、バラード、スケルツォ、・・・があります。


それぞれを日本語にすると次のようになります。

協奏曲、奏鳴曲、前奏曲、練習曲に

夜想曲、円舞曲、譚詩(たんし)曲、諧謔(かいぎ)曲。


聞き馴染みのあるもの、ないものがあります。

漢字で書いたり読んだりするのが難しいものは

やはり聞き馴染みがないようです。

漢字でもカタカナでも、どちらの書き方であっても

その言葉が音楽の世界を飛び越えて

商品のネーミングやテレビ番組のタイトル、あるいは小説の表題など、

暮らしのあちこちで出会うことがあります。


全音楽譜出版社のコルトー版の楽譜

ところで、随分前に買ったこれらの楽譜。

ショパンを弾く際、

多くの人たちが参考にする定番のシリーズの中の2冊です。

このシリーズは往年の名ピアニストが残してくれた、まさに歴史的遺産。

ページによっては、音符より解説や練習方法の方が多いという、

極めて個性的な楽譜たちです。


以前は、フランス語版や英語版しかなく、

扱いも大手楽器店のみでした。

今では日本の出版社が日本語版を出してくれています。

難解だと言われる名ピアニストの言葉が母国語で読み解けるのは、

本当にありがたいことです。


最近気づいたのですが、

重ねた楽譜の背表紙に、何やら珍しいことが!

どちらかに、おかしな「違和感」を持ちませんか?


正統なシリーズの中に紛れ込んだ、まさに「楽譜界の稀少本(きしょうぼん)」。

某鑑定番組に出したら、はたして高額がつくでしょうか?



本棚に詰め込んだ「ショパン界隈」

世界中でショパンのピアノ曲の楽譜が多数出版されています。

それらの楽譜を通してショパンの曲は、

世界中の人々から愛奏されたり、研究されたりしています。


ところで、楽譜選びって、難しかったり、楽しかったり・・・。

特に、ショパンの楽譜は選択肢がたくさんあるんです!


エキエル版・パデレフスキ版・コルトー版・ヘンレ版のショパンのマズルカの楽譜

ショパンの曲を勉強する際に

私は、いろいろと楽譜を揃えてしまいます。


ショパンコンクールで推奨楽譜とされているもの

音大生・愛好家やピアニストに人気のあるもの

ショパン演奏の大家が助言を記してくれたもの

自分にとって見やすくメモが書き込みやすいもの


同じ題名の楽譜でも、すべて中身は同じではないのです。

提案された指番号が違ったり、使用されている紙の色が違ったり・・・

どれを使ってもショパンを弾いていることに間違いはないのですが、

でもほんの少しの中身の違いが気になって、

ついつい集めてしまうのです。


本棚に並んだショパンの楽譜

私の本棚、

ショパンの楽譜が何十センチも並んでいます。

他の作曲家にはないこの幅こそが、

私にとってのショパン界隈そのものかもしれません。

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