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銀盤のトリプルアクセル、鍵盤のゴールドベルク。― 鮮烈なるデビュー

  • 6 時間前
  • 読了時間: 3分

◼️オリンピックに見た歴史的瞬間

坂本花織と中井亜美のオリンピック表彰

現在開催中のミラノ・コルティナダンペッツォ2026冬季オリンピック。

連日、観戦しています。もちろん、現地ではなく、テレビでですが。


この冬のオリンピック、たくさんの競技が行われていますが、

フィギュアスケートを楽しみにしていた人は多いのではないでしょうか。

私もその中の一人です。


フィギュアスケートはスポーツ競技ですので、

ジャンプやスピンなどのフィジカル面が注目されます。

しかし、音楽や衣装、振り付けなども大いに関わっています。

私がこの競技を楽しみに見ているのは、

総合芸術的要素がふんだんに織り込まれているからかもしれません。


今回のオリンピックでのフィギュアは、団体戦、男子、ペアと日本の選手が好成績。

女子フィギュアにも大いに注目されました。

中でもこれまでの実績から坂本花織選手への期待度が断然高かったようです。


そして、同郷、新潟出身の中井亜美選手。17歳。


ショートプログラムで首位発進

日本女子史上4人目のトリプルアクセル成功者

日本フィギュア界、史上最年少メダリスト誕生

日本女子フィギュア界、五輪初の複数メダル獲得


競技が終わってみれば、坂本選手にも劣らない数の、中井選手への賛辞が聞こえてきます。

こういったことを世間では「歴史的瞬間」と呼ぶのかもしれません。



◼️クラシック界にもあった歴史的瞬間

グールドのゴールドベルク変奏曲のCD 1955年盤

おそらく世界ではその名を知る人がまだまだ少数であっただろう中井亜美選手。

ミラノの地でトリプルアクセルを2度着氷させ、

鮮烈なオリンピックデビューを飾った中井選手の姿に、

私の頭の中では、ある伝説のピアニストが重なっていました。

1枚のレコードでクラシック界の常識を塗り替えたというピアニストです。


J.S.バッハの難曲「ゴールドベルク変奏曲」でデビューした

カナダ・トロント出身のグレン・グールドがその人です。


1955年に弱冠22歳で録音した「ゴールドベルク変奏曲」は、

退屈だと思われていたバッハの音楽を、

高い技術を駆使しながら躍動感あふれた革新的な音楽として聴かせ、

若者層を含む幅広い聴衆を熱狂させたのです。

あまりに新しすぎたその演奏への激しい批判もありましたが、

「クラシック界の常識を一夜にして塗り替えた」とも言われ、

「ゴールドベルク変奏曲」はグールドの代名詞となりました。



◼️重なる二つの『歴史的瞬間』

中井亜美、坂本花織、グールドの新旧のゴールドベルク変奏曲CD

今や、1955年盤「ゴールドベルク変奏曲」は、単なる名盤を超えた存在です。

70年を経た今なお、この曲を演奏する者はこの名盤を「道標」にし、

聴く者はこの名盤を「原点」にする。

それほどまでに、彼が遺した衝撃は大きいのです。


そして今、私の手元にある地元紙の「銅メダル号外」。

坂本選手の隣で笑顔でメダルを手にする中井亜美選手の姿を見ていると、

彼女のあの完璧なトリプルアクセルもまた、

数年後のスケーターたちが、あるいは観客たちが、

「あの中井選手のトリプルアクセルは……」と語り継ぐ。

そんな新しい時代の「道標」と「原点」が誕生した瞬間を

今目撃しているのだと感じています。


面白いことに、グールドは晩年となる1981年、

「ゴールドベルク変奏曲」を再録音しました。

1955年盤から四半世紀を経た演奏は、

自ら立てた壁を超えた「名盤」となっています。


鮮烈なデビューを飾った中井選手も、

自分が作り上げた「道標」「原点」から

さらに深化させた「トリプルアクセル」を銀盤上に刻んでいくことでしょう。

再録音で自分の立てた壁を超えたグールドのように。


手元の「銅メダル号外」と、新旧二枚のCDを眺めていると、

そんな彼女の遠い未来の姿までをも、今から楽しみにして応援し続けたい……。

そんな温かい気持ちが込み上げてきました。

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